無職、借金、人生詰んでます(^^)/

無職、借金、ギャンブル好き 昔は風俗にもどっぷりはまってました。 仕事もしてないので、収入なし 毎日督促の郵便物と電話に追われる人気者です。

       

おーい、無職がなんか語ってるぞ

人生詰んでるけど生きてる理由

そういえば最初の自己破産前(未遂)の前に実は任意整理を行っている。

しかし返済中に病気がひどくなり、休業せざるをえなくなったので途中で返済をやめ、自己破産に切り替えた。
もう何年も前の話。

病状は悪くなる一方で、退職を余儀なくされた。
その後は人生で最も荒んでいたと思う。

時間の感覚もなく部屋でボーっとしていつまでたっても寝れず、それでも何もしない日々だった。

この時は自分があまりに惨めで、生きるのがつらくて、してはいけないことばかり考えていた...

治療のために処方された薬をため込み、
手元にあったネクタイを2本、衣服掛けに結び付けて輪っかを作った。

昔水商売で肝臓壊して以来酒を飲んでいなかったが、戸棚にあったジャック〇ニエルをグラスに注いだ。
レク〇プロとかエ〇リファイ、ハル〇オンなどなど、手元にある全ての薬とともにそれを飲んだ。

首をネクタイの輪っかに掛けて体重をかけた。
脳が脈を感じ、それが早くなった時
「ピキーン」
と頭の中で何かがさ炸裂したみたいになった。
目の前がチカチカ光っていた。

いままで出したことのない力でもがいた。
無意識に...

気づいたら5日たっていた。
頭と背中と喉がすごく痛かった。
それから2.3日はしゃっくりが止まらなかった。
喉にできたアザは2週間くらい残った。

ふと周りを見ると、同居人はいつも通り生活していたので
意識のない数日のことを聞いた。

彼女は涙を流しながら事細かに説明してくれた。
残念ながら、この後の数日間も記憶が曖昧になり、説明はほぼ覚えていない。

でもその時彼女が言った
「いくら辛いことがあっても、それは命までは取らないんだよ」
と言われたことは覚えている。(一語一句合ってる自信は...)

最近同居人と真面目に話す機会があったからこの時のことを話したが
本人は覚えていないらしい...

あの出来事から辛いことがあっても、
「命までは取られはしない」
そう思って生きている。

まだ生きていける。


ちなみに職業訓練の試験にはこの時のネクタイをつけていく(笑)
お金がないからね(笑)

昔、水商売を始めたきっかけ

以前水商売をしていたことがある。
今の交友関係はこの時にできた人が多い。

私は高卒で働いていた
当時は裏原宿系のファッションにハマっていた。
慣れない土地でも金曜土曜はクラブなんかで過ごしていた。
好きなDJが来る日は音楽箱、人恋しいときはナンパ箱
まだあの頃は風営法なんてあってないようなものだった。
入口くぐれば真っ暗闇な非日常を楽しんでいた。

箸にも棒にも掛からぬではあるがナンパしてた時、あまり見かけない眼鏡をかけたギャルに声をかけた。
運よく電番GET、でもその日は好きな歌手が来るイベントだったのでそれ以降は何もせずフェードアウト

翌月曜にその子から電話があったが出たのは男の声...
こいつ...他部署の大卒君じゃねぇか...
なんとギャルは大卒君の彼女だと
そしてその場にそいつもいたらしい

聞いたら彼は大学の時からクラブでお酒を提供する仕事をしていたらしく、入社後も会社に黙って副業として続けていたらしい...

そしてその大卒君に誘われ副業としてクラブでお酒を提供する仕事を始める。
控室にも飲み物を届けるので、あわよくば好きなHIPHOPユニットに近づけるかなぁという甘い考え(笑)

そこからDJやってた人に水商売でボーイが足らんから手伝ってくれない?
と仕事を紹介された。

ボーイとは名ばかりで実際はホストだった。

途中疲れてはしょったけど、
水商売の始まりは大体こんな感じ

ちなみに好きなHIPHOPユニットのお兄さん方は数年前地方の朝の番組に出てて、それを見て少し驚いた
そのお兄さん達以外は今何しているのかわからない人が多い...

彼らは今何をしているのだろうか・・・

高校生の時の就活を思い出す。

今日は職業訓練の筆記試験対策として、中学卒業程度の国語と数学の問題を解いた。

問題を一目見て、「高校の時に受けた入社試験に似てる。」と思いました。
別の懐かし言い方をすれば、「ここ進研ゼミでやったところだ!!」みたいな感じ

この問題を見ると当時を思い出す。
高校卒業予定者の就職試験って9月中頃から解禁されるんです。

で、年齢がばれますが、私が就職試験を受ける前々日にリーマンショックがあったんですよ
なつかしい...
当時は意味が分かりませんでしたが、入社後にそのあおりを受けたのもいい思い出。

そして入社から2年後に東日本大震災...
私は東海地方に住んでいたので被害はありませんでしたが、東北の部品工場が被災するなどして休業になりました。

その時私は閑職についていたのもあって配置転換を言い渡され、
新たな環境で会社に貢献するはずが人間関係でうまく馴染めず心を病んで退職。

外部的要因があるにしても、ほぼほぼ自分の責任だと思っている。
当時は「もっと強い人間になりたい」そう思って次に進んだ。

この間の出来事、今思うと大事な経験だと思っています。
今回の入校試験も将来的にいい思い出になるようにしたいです。


さ、あまり感傷的にならずに勉強勉強

無職、目標明確にする

実は以前自己破産を考えたとき、弁護士の方から生活保護受給の申請を考えてみてはどうかと言われた。
まぁよくあることらしい。

私は断った。
なんかもう一般的な生活に戻れない気がしたから

小学生の時に自分の将来を真面目に考えたことがある。

普通に暮らして、人並みに家庭をもってサラリーマンとして生活をする。
そんな普通な考えの未来予想...

現実は全然その通りになっていないけど、

で弁護士さんに生活保護を進められた時にそれを思い出した。

それ以降はこの人並みな普通の生活をしたいとずっと思って生活している。

もちろんここまでなったのも自分の責任である。
自分の私利私欲が生んだ結果。

最近は借金とどう向き合うべきか考え始めている。

任意整理をしようと思う。
ざっくり説明すると、借金を一本化して分割で返済していく感じ

自己破産も選択肢の一つだけど、私はさらに堕落する気がする。
もう二度と真人間に戻れない気がする。
というかギャンブルや浪費が原因の借金があるからもはや論外
今もブログで公営競技してるし(笑)


任意整理をするにあたって私には満たさなければならない条件が一つある。

それは安定した収入を得ること。
すなわち就職をすること。

無職の私は年内にそれを達成したい。
いや、達成する。そういう気持ちじゃないと今までと同じじゃないか。

目標
『年内就職』
これを第一目標にする。

プロフにも書き足しておこう。

無職、墓参りで母の無事を知る。

先週、久々に墓参りに行った。

私の父は子供のころに他界していて、母からは実質的に縁を切られている。(昔別の借金の時、これは話すことはないと思う。)



着いてすぐお墓をきれいに掃除した。
この時期は桜の花がたくさん落ちてるから

親父がなくなったのもこの時、
中学2年生の春だった。
親父は長距離のトラックの運転手をしていて普段家にいなかったし、いても家で寝ているだけだったので当時は何とも思わなかった。

家で寝てるときにそのまま
発見したのはパートから帰った母親だった。

あの時はサッカーに夢中になっていたので何とも思っていなかった。
いや、そこに逃げていた。

今にして思うとあの時母親の心を労わるべきだったと思う。
母の心は少し調子が悪くなった。

でも私は仲間と過ごしあまり家に帰らず、高校を卒業後他県へ就職しだんだんと関わりが薄れていった。(兄弟も大学進学以降他県に移り住む)
その後迷惑しかかけないまま今に至る。

今となってはお墓参りの時に見る、墓のお供えの花でしか母を感じることができない。

親不孝なのはわかっている。
今の自分は合わせる顔もない。
でもいつかまっとうな生活を取り戻して借金の返済を始める時が来たら
母に会いたい。


今までとんでもない息子でごめんなさい。
プロフィール

プチロー(daradarai...